「ともいき2023 創作×地域展示」インナービジョンズ(手の世界制作-4)

インナービジョンズ
インナービジョンズ

ご挨拶

 松前記念館(東海大学 歴史と未来の博物館)では、2024年3月1日から31日まで、エントランスロビーにて「Innervisions 手の世界制作4」展を開催いたしました。神奈川県福祉子ども未来局共生推進本部室との協働による「ともいきアートサポート事業(創作×地域展示)も開始から4 年目を迎えることができました。これもひとえに神奈川県立平塚盲学校や神奈川県立伊勢原支援学校の先生方をはじめ、多くの関係者のみなさまのご協力の賜物です。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
 会期中に平塚盲学校の児童・生徒さんが先生方と一緒にエントランスロビー展を見学に来てくださいました。そこでは、博物館が展示している「モノ」や「作品」は、「情報」を発信しているのだというお話をさせていただきました。みなさんが触って鑑賞された作品ひとつひとつにもさまざまな「情報」がちりばめられていること、そうした情報を文字通り、手で探りだし、言葉にしていく作業は、この世界が「情報」でつながっていることを実感させてくれます。博物館はそうした共生の体験を創造する役割を果たしていることも、知っていただく機会になりました。
 さて、1983年に開館した当館は、2022年に本学が建学80周年を迎えたのを機に、新たなミュージアムを目指して、段階的なリニューアルを開始しました。1F企画展示室では「古代アンデスの音とカタチ―先端科学で解き明かす東海大学コレクション」や「古代エジプト 受け継がれる祈りの心」など、大学の資産を活用した展覧会を通じて、本学の文理融合の理念を多くの方に発信することができました。2024年4月からは、本学図書館が所蔵する貴重図書を中心とした企画展も実施します。今後は博物館DX にも力を入れ、デジタルサイネージなど様々なディバイスを活用した展示や、ミュージアム、図書館、アーカイブ(MLA)の情報連携もシステム実装していきます。ますます多くの方に親しまれる記念館の実現に向けて拡充に努めてまいります。みなさまのリアル・バーチャル、さまざまな機会を介してのご来館をお待ちしております。
水島 久光(松前記念館館長)

ご挨拶

 東海大学ティーチングクオリフィケーションンセンターでは、令和2年度(2020)から神奈川県と協働で「ともいきアートサポート事業」を開始しました。当該事業は、障害の程度や状態にかかわらず、誰もが文化芸術活動を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、県内のアート団体、大学や美術館と協働・連携しながらアート作品の鑑賞・発表の機会の創出に取組むものです。
 ティーチングクオリフィケーションセンターでは、博物館の専門的職員である学芸員を目指す学生が、これまでにこの「ともいきアート」で、神奈川県立平塚盲学校や伊勢原支援学校伊志田分教室との連携に参加し、博物館のアウトリーチ活動の一端を体験的に学ばせていただきました。
 「ともいきアート」の創作×地域展示の枠組みで令和2年度から開始した平塚盲学校との連携は令和4年度に終了しましたが、この間に平塚盲学校と連携事業の実践を重ねた蓄積から、令和5年度は東海大学と平塚盲学校との独自の連携に発展し、実施することができました。また、連携先も筑波大学附属視覚特別支援学校が加わるなど、学生の学びの場も徐々に拡がりをみせています。これもひとえに、平塚盲学校や伊勢原支援学校伊志田分教室、筑波大学附属視覚特別支援学校の先生方のおかげでございます。ありがとうございます。また、講師を務めてくださった彫刻家の高見直宏氏、筑波大学の宮坂慎司氏、展覧会に協力してくださった大分大学の田中修二氏、大分盲学校の田中佐和子氏に心より感謝申し上げます。
 本年度の「手の世界制作-4」展では、伊勢原支援学校伊志田分教室、平塚盲学校、筑波大学附属視覚特別支援学校、大分県立盲学校の児童や生徒が制作した造形作品と、講師を務めた宮坂慎司氏、高見直宏氏の彫刻作品を紹介します。
朝倉 徹(東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター所長)

「ともいき2023 創作×地域展示」インナービジョンズ(手の世界制作-4)

かたちの生命

「ともに生きる社会かながわ憲章」

神奈川県福祉子どもみらい局共生推進本部室
  神奈川県は、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念に基づき、障がいの程度や状態にかかわらず誰もが文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、障がい者の方が創作する作品を「ともいきアート」と称し、展示や創作活動の支援等を実施しています。
 その一環として、令和2年度から実施している「創作×地域展示」も4年目となり、令和5年度は、県内4地域(茅ヶ崎、相模原、伊勢原、小田原)の特別支援学校を対象として実施しました。東海大学と伊勢原特別支援学校伊志田分教室との連携事業は今年度で3年目となります。
 プロのアーティストが学校に出向き、ブロンズを用いたアートメダルを制作するなど、児童・生徒と一緒に創作活動を行いました。また、創作された作品は松前記念館で展示し、多くの皆様にご鑑賞いただきました。ワークショップに参加した児童・生徒は、アーティストからの指導・助言を受けながら作品創作に取り組んだり、大学の学生と交流したことが、とても貴重な経験となったことと思います。
 結びに、本事業の取組並びに事例集の作成に御協力いただいた関係者の皆様に改めて御礼申し上げますとともに、アーティスト等と一緒に「ともいきアート」の制作に取り組んだことが、参加された児童・生徒の皆さんの心に残り、将来に生かされていくことを願っています。

手を歩かせる

野城 今日子(美術史家)
 手を縦横無尽に動かし、ときに立ち止まり、ときに形を丁寧に指でなぞってみる。まるで手を作品の上で自由に散 歩させるように、作品に触れてみる。まず、大きく広げた両手である作品をゆっくり触れると、平で広大な面がてのひらと出会う。大きな形をつかむと、なるほどこれは大きな楕円形の作品であることがわかる。さらに、細部を指でゆっくりとなぞってみると、この楕円形の中にふたつの丸いくぼみとひとつの突起物、そして横長で大きなくぼみがあるようだ。おそらく、ひとの顔なのだろう。
 具象的に表された本作は、《笑わらビックくろかわ》(挿図1)というタイトルだそうだ。これはゲラゲラ、ガハハハといった派手な表情ではないらしい。意外と穏やかで静かな印象を受ける。
 次の作品に手を移そう。《ともいきユート》(挿図2)は、石膏で制作された作品である。優しく触ると、細かな凸凹が左手の指やてのひらを刺激する。この凸凹をゆっくり指でなぞると、緩やかな弧状の凸型が何個も折り重なり、大群をなしていることがわかる。この大群の行方を指で追うと、大きな渦が巻かれていた。この繊細でいてダイナミックなかたちは、触っていてとても心地がよい。両手で隠せるぐらいの小ぶりな作品であるが、それ以上に大きさを感じられるものであった。
 反対に、大分県立盲学校幼児児童の生徒によるテラコッタ作品(挿図3)は、細かな凸凹はない。しかし、両手でそっと作品を包んだときに、テラコッタそのものがもつエネルギーを感じとることができた。感触がまろやかでいて、土の重さを感じる優しい作品である。
 また、同校の(挿図4)は、ファーストタッチは細長い山のような形を感じたが、そのふもとに手を移動すると、突然、角のようなハッキリとした形が現れる。やわらかい形とキリっとした形による感触のメリハリやリズムが感じられた。
 手を作品の上で気軽に散歩をさせてみると、純粋な形のおもしろさがストレートに伝わってくる。ゆっくり地面を踏みしめるように手を歩かせれば、新しい世界に飛び込むことができるだろう。
平塚盲学校連携 作品
大分盲学校連携 作品

インナービジョンズ 手の世界制作4

篠原 聰(松前記念館事務室長代行)
 コロナ禍の2020 年にスタートした神奈川県と本学の協働事業「ともいきアート」は2024年3月をもっていったん終了する。この間、平塚盲学校とは22年までの3回、伊勢原支援学校伊志田分教室とは21年から23年までの3回の連携を重ね、それらの成果を公開する「手の世界制作」展も今年で4回目を迎えた。大分県立盲学校や筑波大学附属視覚特別支援学校、ココキタ(北区文化振興財団)にも活動の輪が拡がりをみせたこの4年間を振り返ると、実に多く方々の協力により、充実した連携事業が実現したとわれながら思う。博物館の専門的職員である学芸員を目指す学生たちが次世代のミュージアムを担っていくためにはどのような学びが必要だろうか、そんなことを考えていた頃に神奈川県から「ともいきアート」の相談を受けたのも不思議なご縁である。
 学校教育や社会教育の現場でダイバーシティやインクルーシブ教育の重要性が指摘されて久しい。特別支援学校においても多様な価値観を認め合い、児童・生徒が自分らしく生きることを通じて、地域や社会のなかで豊かな人生るための支援や連携のあり方が模索されている。このような多様性を尊重する社会的包摂の推進は重要だが、それが社会の多数派による少数派への「押しつけ」になってはならない。障害者差別解消法の改正により、令和6年4月1日から合理的配慮の提供も義務化される。他方、健常者が障害者に「してあげる」、あるいは障害者が健常者に「してもらう」といった意 識が、両者の関係性のなかにこれまで少なからずあったのは事実だろう。本来、合理的配慮は「してあげる・してもらう」関係の構築のためではなく、健常者も障害者も、ともに同じ地平で生きるためのツールとしてあるはずだ。マジョリティ主導の「多様性」や「社会的包摂」というスローガンには、マイノリティの「声」をかき消してしまう危険な力が潜んでいる。
 健常者が普通に「できる」ことを基準とし、障害者の「できない」バリアを取り除くだけでなく、例えば「触察」を中心に学ぶ盲学校の児童・生徒の特性を活かしつつ、「盲学校」の学びの基礎基本である「触覚」を切り口に、従来の美術教育のあり方を捉えなおそうとするような試みも重要だろう。障害者と健常者、少数派と多数派といった二項対立ではなく、世の中にはいろいろな特性の人がいて、当該者がそれぞれの特性を活かしつつも自分らしく生きることを後押しするような双方向的・往還的な意見交換の場や経験の共有の場としてのプラットフォームを構築することこそが、真の意味でのウェルビーイングの実現のための課題である。この4 年間の取り組みの眼目はまさにそこにあったし、そのことを「と もいきアート」に参加した本学の学生たちには肌で感じとってほしかった。そして、実際に私が想像する以上に学生たちは、よりよく生きること、自分らしく生きることに対する理解を深め、さまざまに想いを巡らしてくれたことと思う。
 いや、SNS 上で情報が氾濫するなか、学生たちはむしろ心の奥底で「SDGs」や「多様性」「インクルーシブ」などといったスローガンが、どこか欺瞞に満ちていることを直感的に理解していたのかもしれない。そんななか、実際に盲学校や支援学校に行って、学校の先生方や子どもたちと交流することで知り得る生身の身体を通した体験的な学びは、学生たちの心の目を開くことにつながったと確信している。目が見えなかったり、見えずらかったりすることを除いて、盲学校の児童や生徒も普通の学校の子どもたちと一緒なんだと。重要なのは、子どもだろうが大人だろうが、目の前にいる一人ひとりの人間と真摯に向き合うことなんだと。
 心の目は、身体全体で感じていることをわたしたちにみせてくれる。人と人との触れ合い、ぶつかり合いの中でしか開眼しないインナーヴィジョンである。よりよく生きる、自分らしく生きるために、多くのインナーヴィジョンズが交差し、社会を変革してくことを切に願っている。

インナービジョンズ 手の世界制作-4 オンライン展示
主催:松前記念館(東海大学 歴史と未来の博物館)神奈川県福祉子どもみらい局共生推進本部室
協力:神奈川県立伊勢原支援学校伊志田分教室/神奈川県立平塚盲学校/筑波大学附属視覚特別支援学校/大分県立盲学校/東海大学文明研究所/東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター
後援:伊勢原市/ 伊勢原市教育委員会

展覧会を開催するにあたり、下記の方々に多大なご助言、ご協力を賜りました。
ここに記して感謝の意を表します。
神奈川県立伊勢原支援学校伊志田分教室/神奈川県立平塚盲学校/伊勢原市/伊勢原市教育委員会/筑波大学附属視覚特別支援学校
秋田 美鈴/朝倉 徹/石原 理希子/五十嶋 みゆき/伊藤 雅子/衛藤 奈々子/岡崎 和弘/沖津 有吾/北野 理洋/今野 優香/櫻糀 里奈/佐藤 直子/関寺 琳/曽我 研郎/反町 聡之/高橋 泰佳/高見 直宏/田中 佐和子/田中 修二/田中 彰吾/田中 実紀/永江 大地/中畑 実土里/萩庭 圭子/半田 こづえ/広瀬 浩二郎/二見 康子/町野 紗恭/松島 悦子/宮坂 慎司/森 真理子/森谷 浩政/山下 大樹(敬称略・順不同)