「ともいき2022 創作×地域展示」かたちの生命(手の世界制作-3)

かたちの生命
かたちの生命

共生社会に向けた学び「ともいきアートサポート事業」の意義

 平成28 年10 月に神奈川県議会において策定された「ともに生きる社会かながわ憲章」に基づき、令和2 年より神奈川県と東海大学は協働事業として「ともいきアートサポート事業(創作×地域展示)」を運営して参りました。この間、神奈川県立平塚盲学校や神奈川県立伊勢原養護学校伊志田分教室等の児童・生徒さんや教職員、保護者の皆様のご理解とご支援をいただきながら活動を行って参りました。その他に、大勢のアーティストの方々にもご協力をいただきました。この場を借りまして、皆様に厚く御礼を申し上げたいと思います。
 さて、東海大学ティーチングクオリフィケーションセンターは教員や学芸員、司書や社会教育主事を目指す学生をサポートし、優れた温かい人材を育成し、より良い社会の実現に貢献することを目指しております。その教育の一環として、「手の世界制作3:かたちの生命」をはじめ、本事業に共催として参加致しております。このような取り組みが開始さ れた当初は、学生たちへの啓発を意図して計画を致しましたが、現在では少し様子が変わってきているように考えております。
 ここ数年、私どもが関わっております学生たちの多くは、以前の学生たちに比べて、入学時より多様な生き方や価値観等を受け入れているように見受けられます。中には、周りの人間に対して関心が薄いように見える学生もおりますが、これまでと比べて、学力や経済的なことなどを基準に人を見分ける学生は少なくなっているように思います。
 行動を伴った援助をすることはもちろん大切ですが、それ以前に、人々に対して序列や優先順位を付けるような感覚を安易に持ち合わせていないことは、とても大事なことのように思います。もし、このような感触に間違いがなければ、若い世代を中心にダイバーシティの考え方は、少しずつ社会に浸透しているのだと思われます。 「仮に、教室で隣に座る友人や、電車内で偶然居合わせる乗客が穏やかな表情をしていても、その人たちは何らかの悩みを抱えていたり、簡単には解決できない厳しい事情を持ち合わせているのかもしれない。自分の身の回りに生きている人々は、皆、そのような日常を暮らしているに違いない」。学生たちはこのような話をうなずいて聞いています。気持ちの根っこに、そういう前提をもつ人々によって、共生社会は作られていくもののように思います。
 そして、このような感覚は、これまでに自身が経験してきた事々の他に、小説や映画、芸術作品や博物に接することによって手に入れられるものであるのかもしれません。全身で芸術作品や文学作品等に触れて、知らず知らずに染みついていた価値観や偏見から解放されることによって、多様な生き方を当たり前に受け入れる社会が来るのかもしれません。もしそうだとすると、本事業の次のステップは、これまで創作活動を行って来られた方々に加えて、一般の方々や「サポート側」となっていた学生や我々も創作活動に加わることになるのかもしれません。
 私は、そう遠くない将来に現在の仕事を定年致しますが、その後で絵を描く生活をしようと決めております。ですが、その計画を少し早めた方が良いのかもしれないな、と考え始めています。私もこの事業を通して学んでいるようです。
朝倉 徹(東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター)

「ともいき2022 創作×地域展示」かたちの生命(手の世界制作-3)

かたちの生命

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「ともに生きる社会かながわ憲章」

神奈川県福祉子どもみらい局共生推進本部室
 神奈川県は、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念に基づき、障がいの程度や状態にかかわらず誰もが文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行うため、障がい者の方が創作する作品を「ともいきアート」と称し、展示や創作活動の支援等を実施しています。令和4年度は、県内4地域(川崎、平塚、伊勢原、小田原)で「創作×地域展示」を実施していますが、東海大学とは平塚盲学校との連携事業は3年目、伊勢原養護学校伊志田分教室との連携事業は2年目として引き続き実施しました。
 プロのアーティストが学校に出向き、平塚盲学校では、ブロンズを用いたアートメダルを、伊勢原養護学校伊志田分教室では、アンデス文明に関する笛吹ボトルを制作するなど、児童・生徒と一緒に創作活動を行いました。また、創作された作品は松前記念館で展示し、多くの皆様にご鑑賞いただきました。
 ワークショップに参加した児童・生徒は、アーティストからの指導・助言を受けながら作品創作に取り組んだり、大学の学生と交流したことが、とても貴重な経験となったこと と思います。
 結びに、本事業の取組並びに事例集の作成に御協力いただいた関係者の皆様に改めて御礼申し上げますとともに、アーティスト等と一緒に「ともいきアート」の制作に取り組んだことが、参加された児童・生徒の皆さんの心に残り、将来に生かされていくことを願っています。

「手の世界制作」によせて

半田 こづえ
今年度、平塚盲学校で行われた連続ワークショップ「手のひらの彫刻(アートメダル)」に参加したのは、2022年7月のことでした。講師といっても制作の指導ができるわけではない私は、生徒たちと机を並べてアートメダルの制作に挑戦することにしました。私の隣に座っていたのは高等部の生徒で、美術の先生と時々話をしたり、考え込んだりしながら手を動かしていました。聞こえてきたのはこんな会話でした。先生:「○○さんは、遠くから平盲に通っているんだよね。どのくらいかかるの?」生徒:「2時間くらいかな。転校したころはちょっとたいへんだったけど。でも、今は良かったと思ってる。」
 それから半年がたった1月、銀座のギャラリー青羅に生徒たちの作ったメダルが展示されました。その中に、「平盲」という文字が書かれたメダルが誇らしげに展示されているの を見つけた時、私はあの少年の「でも、今は良かったと思ってる」という言葉を思い出したのです。
 現在、「社会的包摂」、「多様性」にはじまり、さまざまな新しい考え方が提唱されています。しかしそれは、誤解を恐れずにいうなら、マジョリティが考える多様性であり、人は本来ひとりひとり違うものだということが考慮されていないように思われます。学校に居場所が見つからず、何度も転校しなければならなかったと語った少年を含めて、盲学校に通う児童・生徒は、見えることを前提として作られてきた社会に認めてもらえるように一生懸命に頑張ることを求められます。今はそうではないと思いますが、私が盲学校で教育を受けたころは、「見える人の3倍努力しないと一人前の人間として認められない」と教えられたこともありました。しかし、そもそも他の人が作った物差しに従って努力をするのですから、評価も他の人に任せるしかありません。その結果、私はあるがままに生きることがとても難しくなりました。
 『手の世界制作』展カタログ(東海大学松前記念館、2020年)には、元ホイスコーレ校長のヨーアン・カールセン氏の言葉として「普通というのは、平均的とか退屈とかを意味 するのではなく、足が地に着き、真摯に現実の生活に向き合う、平凡で本物の人生のことを意味します。」と紹介されています。手のひらに乗る小さなメダルを作りながら「今は良 かったと思ってる」と、先生と自分自身に語るかのように話した少年は、この平凡で本物の人生の手ごたえを手の中のワックス(※)に見出していたのでしょうか。
 他者に認められるために頑張ることから解放される時生まれてくる形、生まれてくる言葉。それが子どもたちが人間らしい普通の人生を生きるための力となることを、信じてい ます。
※アートメダルのワックス原型。今回のWS ではワックスで原型を制作し、それを黒谷美術で鋳造してブロンズのアートメダルを完成させました。
半田氏の作品
制作風景

手の中で生まれた形 “触れたい” を受けとめるフロンズアートメダル

宮坂 慎司(筑波大学芸術系)
 「アートメダル」をもっとも簡潔に表現するならば、それは「手のひらの芸術」という言葉で表すことができる。日本芸術メダル協会(JAMA)が展覧会コンペティション部門の出品規定において「縦横高さ各15㎝以内」「自身がメダルであると考えるもの」と示しているように、その許容の範囲は広い。手の中に収まる範囲で、出発点或いはゴールを「メダル」として定めながら生まれた芸術がアートメダルであり、世界芸術メダル連盟(FIDEM)のコングレスでは今なおその定義と可能性が議論されている。
 手のひらの芸術は“触れる” と相性がよい。レリーフに収まらず立体的な作品もあり、素材も多岐に亘るアートメダルは、触れて楽しむ鑑賞のことはじめとしても適している。盲学校・視覚特別支援学校と連携したワークショップは、制作の前に様々な素材やバラエティ豊かなコンセプトでつくられた作品たちの鑑賞会から始まり、平塚盲学校の児童生徒もメダルの定義を広げるところから活動はスタートした。薄く繊細につくられた技術に感心する子どももいれば、木の触れ心地や金属メダルの重厚さに感動を覚えたり、浮彫の文字に興味を持ったり、それぞれの感受の違いを個性としてみることができた。
 2022年、神奈川県ともいきアートと連携した取組では、ワックス(蝋)を造形材料として形をつくり、それを原型として鋳造を行い、最終的にはブロンズ素材のメダル作品とし た。ワックスは温めると可塑性を有し、手の中で捏ねているとそれが長く続く。大型で中身の詰まったどっしりとした形の造形には向かないが、粘りがあり伸びもよく、また接着も容易に行うことができる。一般的に粘土では制作の難しい羽や花びらのような薄い形状も、ワックス造形では児童生徒が自らの手でつくることが可能で、手のひらスケールでの制作ではより自由度の高い形が生まれるように感じられる。冷えると硬化して、その場で形を確かめられる点も、“触れる” を軸とする造形の場での利点となっている。
 制作はまず、誰に向けたどんなメダルかを考えるところから始まった。自分自身の普段の頑張りに対してや、親への感謝がイメージとして上げられ、それがそれぞれのメダルらしさに繫がっていった。実際の制作活動では、直径10cmほど、厚さ3mmほどの円形の板状ワックスを2枚ずつ各自に渡し、造形のアイデアが練られていく。重ねたり、切って組み立てたり、穴を開けたり、板を追加したり、折り曲げて一から立体をつくったり。温かく、ややべたつきのあるワックスを捏ねながら、規格化された円形は手の思考を通して一つだ けの形に生まれ変わっていった。
 ワックスは美術鋳造業者の協力を得てブロンズとなった。ワックスの時にはそっと触って確かめていた形が、「握りしめる」「掴む」という動きにも耐えてくれる強靱さを得る。ブロンズは様々な色合いを呈し、視覚的にも強い造形素材だが、触覚的な欲求に安心感を持って応えてくれる素材でもある。ブロンズとなった「手の中で生まれた形」は、各々が表現した形を留めながら、それぞれの手を離れて展示の旅をする。多くの人の“触れたい”を受けとめて再び作者自身の手に戻り、2022年の証の一つとなることを願いたい。
制作風景

3年目のともいきアートを終えて

沖津 有吾(平塚盲学校小学部)
早いもので、3年目の取組みとなった今年度のワークショップ。小学部は1年目から延び延びになっていた桑田先生の「ポップアップブック」のワークショップがようやく実施することができました。宮坂先生の「アートメダル」のワークショップは、昨年度に引き続き、小学部と中学部、高等部での活動となりました。
 1回目は小学部のみ、「ポップアップブック」のワークショップ。桑田先生からポップアップの仕組みを教えてもらった後、子ども達は模様のついた紙を思い思いに切り始めました。細長く切ったり、家のような形を作った後で細かい装飾をしたり、大きめの紙を組み合わせてダイナミックに貼り合わせたり、できあがった作品も個性豊かな物でした。個々の作品を一つに合わせると、円形の大きな作品ができあがり、子ども達からは歓声が上がりました。
 2回目のワークショップからは、「アートメダル」の制作に入りました。まずは実際にブロンズ製のメダルを触ることから始まりました。様々な形の物があり、子ども達はメダルという形にとらわれず、自由な発想で作って良いんだということを感じたと思います。温められたワックスを使って型を作る作業は冷める前に形を作らねばならず、中々難しいものでしたが、次回からのメダル作りへ向けてのイメージが高まっていったようでした。3回目のワークショップは「アートメダル」制作の本番。2回目の時の経験を活かし、温められたワックスを「熱っ」と言いながらも丸めたり、伸ばしたり、穴を開けたりと、自由な発想をふんだんに盛り込んだ作品ができあがりました。鋳造家泣かせの細かい作品や立体の作品の数々に、子ども達のイメージの豊さを感じた一瞬でした。
 4回目のワークショップは会場を「平塚市美術館」に移し、実際に展示されているブロンズ作品のメンテナンス作業をしました。自分たちのメダルを大切にしていくためにも大事な作業。刷毛や筆を使ってブロンズ像の埃を落としたり、洗剤を使って洗ったりしたことは、他ではできない貴重な体験だったと思います。「これまでは作る過程に注目してきたけど、その後のメンテナンスの大切さを知ることができた」と言った生徒の感想が物語っていたように思いました。
 3年間のともいきアートの活動は、発想の豊かさだったり、これまでには扱ったことのない素材との出会いであったり、新しい人達との出会いであったりと、様々なことを児童生徒の中に与えてくれた活動だったと思います。この活動に関わった教員にも多くの学びがあり、刺激を受けることができたと感じています。
アートメダル作品
アートメダル作品
アートメダル作品

笛吹きボトル制作ワークショップの展開 – 追体験から探る音色の認知–

吉田 晃章(東海大学)
 東海大学文明研究所が所蔵するアンデス文明の考古遺物には、紀元前1800年ころに遡る貴重な土器やカラフルな熱帯の羽毛をふんだんに使用した珍しいポンチョなどがあり、その総数は1900点を超える。考古学的には出土コンテクストのないコレクションであり、利活用には真贋問題も含め、様々な障壁がある。そこで東海大学ではスケールメリットを活かし、文理融合研究としてX線CT などの最先端の科学技術を使用しながら、4年ほど前から研究を開始している。現在は「笛吹きボトル」に関する研究を学内外の研究協力者とともに実施している。
 笛吹きボトルとは、ホイッスル(笛玉)を備え、土器内部で水と空気が移動するときに音が鳴る、内部構造が比較的複雑な土器である。この音を奏でる壺に関する研究は、考古学ではあまり顧みられることのなかった音の研究へとつながるものである。目に見えない「音」を作り出す考古学的資料としての笛吹きボトルは、アンデスの人々の「心」を読み解く重要な「物質」であり、その研究を通して、いかに「音」が文化として表現されてきたかを解明することができよう。ただし、どのように音を認識し、土器づくりを行っていたのだろうか。アンデス文明では2000年以上の長きにわたり笛吹きボトルの形状は変化している。より良い音を求めて形態が変化したのだろうか。なぜ、それほど長い間、鳴る土器を造り続けたのだろうか。そこには多くの疑問が生じる。
 やはりアンデスの人々が鳴るボトルを造ったように、音を感じ、音を通じて何かを表現する創造的な活動を追体験することでしか、わからないものがあるのではないだろうか。そこで日本で笛吹きボトルをリプロデュースすることで、アンデスの人々の心、身体、社会がいかにつながっていたのかを捉えたいと考えた。2022年度は伊勢原養護学校と筑波大学附属視覚特別支援学校と連携をはかり、児童・生徒を対象に笛吹きボトルのワークショップを開催した。伊勢原養護学校では「音の形」、筑波大学附属では「音の奏でる風景」をテーマとした。いずれも答えなどはあるはずもないが、みな生徒は音から感じたものを造形で上手く表現していた。
 筆者は文化人類学をテーマとした講義などで、世界観について話をしてきた。世界つまりは空間や時間の認識というものは、民族や文化によって異なるもので、世界観は多様である。さらに空間や時間は相互に連関し、基本色と結び付けられたり、生き物や超自然的存在とも結びつけられると説明する。しかし、このワークショップを通じて、当たり前のことではあるが音も豊かであり、音には高低があり、明暗があり、昼夜があり、山海などの景色があるということを見せられた。視覚偏重で世界を捉えていた自分に気づかされ、また聴覚と世界観が結びついた瞬間であった。アンデスの人々もボトルを制作した生徒たちと同様に、連関的に音に意味を与え、世界の中に位置づけていたと強く認識することができた。ワークショップを通じ、生徒らが発した言葉や制作した笛吹きボトルによって、目を開かされた思いである。
笛吹きボトル作品

ともいきアートサポート事業2回目を終えて

金森 紀子(伊勢原養護学校 伊志田分教室室長)
 「ともいきアートサポート事業」に参加させていただくのも2年目となりました。1年目の「形にとらわれない造形の体験」に続き、「笛吹ボトルの音色– 音のカタチ」というテーマは、生徒にとっても教員にとっても未知の世界で、魅力的なものでした。講師の先生方の楽しい授業や学生さん方のサポートも生徒にとっては、貴重な体験となりました。
 遠いアンデスの地に古代から伝わる「笛吹ボトル」の歴史や風土、作品に触れることは、おそらく人生の中でそう体験できるものではないでしょう。入学したての生徒たちが真剣に、興味深く取り組んでいる姿がとても印象的でした。笛の音を聴いて、古代アンデスの人たちがどのような思いで笛を作り、どのように音を聴いたのか想像するのも、新鮮な体験でありました。
 実際生徒が作成した笛吹ボトルも、それぞれ自分たちがイメージするデザインを思いのまま形にしたもので個性的な仕上がりとなりました。普段、物を作ることに苦手意識を持っている生徒たちもいますが、それぞれが主体的に取り組み、教員や学生さんに「この作品のポイントは、粘土をねじってつけたところ」などと説明していた表情は、自信すらうかがえました。鑑賞会で実際に音を出して披露した時のみんなから歓声があがっていたことも、嬉しかったことでしょう。
 今回の事業には、分教室の設置校である伊志田高校の職員にもアナウンスをし、実際に見学をしていただきました。特別支援学校だけにとどまらず、この授業の輪が広く伝わり、新たなインクルーシブ教育につながっていけたらいいと感じました。
 2回目の「ともいきアートサポート事業」で、生徒の心に感銘や貴重な学びを提供していただきました。同時に私たち教員も生徒たちの無限の可能性を知ることができました。ご関係の方々本当にありがとうございました。

筑波大学附属視覚特別支援学校における笛吹ボトルワークショップ「音の奏でる風景」から

佐藤 直子(筑波大学附属視覚特別支援学校小学部主事・図工専科)
 2022年10月からおよそ3ヶ月にわたり、筑波大学附属視覚特別支援学校小学部6年生7名の児童(盲児童4名・弱視児童3名) を対象に、東海大学アンデスコレクションを活用したアウトリーチ活動が展開されました。この取組は90分・全4回で構成され、図工の特別授業として実施しました。本校に在籍する児童は視覚に障害があるため、事物を触って認識します。美術鑑賞についても同様です。しかし、残念なことに触れてよいとされる作品はごく僅かで、小学校学習指導要領図画工作科高学年の鑑賞領域にあたる「我が国や諸外国の親しみのある美術作品」についての実物を用いた学習は実現し難く、視覚に障害のある児童の鑑賞教育には課題が生じています。このような背景の中で、歴史的・文化的価値のある2000年以上前の笛吹ボトル3点を本校にお持ちいただき、かたちの触察と音の鑑賞ができる機会をご提供いただけたことは、触覚的・聴覚的認知を重視する視覚特別支援学校の児童にとって大変意義ある取組といえます。
本ワークショップは、
 ・考古遺物– 笛吹ボトルの触察と音の鑑賞
 ・考古学と古代アンデス文明等の専門的知見からの講話視聴
 ・古代アンデスに思いを巡らせ、粘土によるオリジナル笛吹ボトル制作
 ・焼成後のかたちと音を鑑賞し、仲間と共に音を奏でる
という4つの柱で構成されました。ワークショップを通してそれぞれの児童が、遺物の鑑賞や講師の方々のレクチャーをもとに豊かにイメージをふくらませ、アンデスの空を鳥が羽ばたく様子、海に泳ぐイルカの情景、高く険しいアンデスの山々や人々のくらし等、音の奏でる風景を自由に想起し、粘土による表現活動を楽しみました。
 ワークショップのまとめとして行った笛吹ボトルの演奏では、仲間の音を大切にしながら自らの音を重ね合わせ、皆で一つのハーモニーをつくり出す子どもたち。その時の表情は、遠く離れた古代アンデスに思いを馳せているかのようでした。
 今回の取組で児童の心に古代アンデスを印象付け、個々の制作に深みをもたせた主因は、やはり東海大学所蔵の笛吹ボトルと、吉田晃章先生、篠原聰先生はじめとする笛吹ボトル でつながった各分野の専門家からなるゲストティーチャーの存在ではないかと推察します。皆様のお力で大変貴重な経験をさせていただくことができましたこと、心より感謝申し上げます。最後に本ワークショップを振り返り、児童が書いた感想の一部を以下にご紹介させていただきます。
【盲児童:点字】
篠原先生の「かたちにいのちが宿る」という言葉が、今日のワークショップにぴったりだと思いました。理由は二つあります。一つ目は、人によってアンデスの想像に個性があると 感じたからです。二つ目はアンデスの想像によって、笛玉の音も違っていたからです。イルカをモチーフにした人が何人かいたけれど、それぞれが選ぶ笛玉の音が違いました。それぞれのかたちと音がリンクしてよかったと思いました。
【弱視児童:墨字】
同級生の作品を鑑賞したときに(作品のタイプが) 海と大地の二つに分けられると思いました。音もその人のつくった作品のモチーフにあっているなと思いました。笛吹ボトルを低い音から奏でると日が登っていくような印象で、逆に高い音から演奏すると日が沈んでいくように感じました。
笛吹きボトル作品

存在らしさの形

宮坂 慎司(筑波大学芸術系)
 特定の人物像ではなく、普遍的な人間像への関心がある。表情や指先の所作は言葉を発せずともよく語り、その人らしさをよく表す。そうした要素が取り去られていっても、なお残るものに心が惹かれる。空蝉、貝殻、衣、実体としての身体はなくとも、そこには有機的な生命の存在を感じられることがある。作品の表面は対象の肌を形象化したものではなく、存在感の表層、そのものらしさの輪郭を表すものとなる。

 形に依拠する素材感もあれば、素材感が導くかたちもある。
 ここに並ぶ作品は全て塑造によって制作されたものである。粘土によって原型がつくられ、型取りを経て、モルタルを主材とする作品に置き換わる。セメントに砂の混ぜたものであるモルタルは石膏よりも硬く、その硬質さに見合う形は、粘土の時のイメージからわずかながらズレがある。彫り刻んでいくのには難のある素材だが、素材転換後にも直付けを行っていく。その抵抗感がもたらす制作の遅さは、作者の好む素材感と形態感の関係を示す。

 ゆるやかな時間と静かな空間、穏やかながら威儀を示したい。
 大らかな量感と、風化していくような儚さを有した形、遺跡からの出土品のような時間感覚の内包。目には映らずとも作品に込められる固有の彫刻観は、大地の上の広がる景色ではなく、その下に在る地層、地殻に依るところが大きい。彫刻作品は制作行為の堆積として成るものである。

 制作からどのように作業を取り除けるかを考えている。これは作業量を減らすということではなく、言い換えれば、制作中の全ての行為に意味を与えて、作業を制作行為として位置付けることである。外注されることもある型取りの中にも、その過程の中でこそ生まれる形がある。それらを示してくれるのはいつも手の感覚である。型の線をどこに引くか、合わせ目となるバリを左右どちらに寄せるか。細部にも作品の在り様は宿る。
 何かを語るような、歌うような、ひとの形をとらない人間像を模索している。
singing fragment −ⅲ
宮坂慎司《singing fragment −ⅲ》
モルタル、木 2022
singing shell fragment
宮坂慎司《singing shell fragment》
モルタル、木 2020
singing figure
宮坂慎司《singing figure》
モルタル、木 2022
singing shell fragment
宮坂慎司《singing shell fragment》
モルタル、木 2020

彫刻の音と厚み──宮坂慎司の表現の姿勢

田中 修二(大分大学教育学部)
 「遠くから見たときは石膏だと思っていたら、これは金属だろうか」というのが、宮坂さんの《singing shell -ii》を軽く叩いたときの、最初の正直な感想だった。その音はまるで金属のように高く響いた。ただしその響きは叩く場所によって変わり、もしかしたらこれで音楽を奏でられるかもしれない、などとも考えた。
 等身より少し大きめの、けれど頭部や腕はない人体像(西洋美術の用語でいう「トルソ」)がドレスを思わせる広い布に覆われ、流れるような力強い輪郭を生み出している。背中側に回ると腰から下は布が切られたように開いていて、内部に空洞が広がっているのが見える。その空洞が心地よい響きを生み出すのだろう。全体に白っぽい、明るいグレーの肌合いは、くっきりと白い石膏像や、深みのある色合いのブロンズ像よりも柔らかそうで、石膏ほどに軽くなく、ブロンズのようには重くない印象だ。
 それが叩くと金属的な音を発するのは、その素材が塑造では一般的な石膏ではなく、モルタルであるからだ。つまりセメントに砂を混ぜたものであり(ちなみにさらに砂利を加えるとコンクリートになる)、近現代日本彫刻史では「セメント彫刻」と呼ばれる系譜の上に位置するともいえる。セメントは昭和戦前・戦中期から敗戦後にかけて、石膏やブロンズといった彫刻の材料が不足した時期に、代替の素材として数多くの彫刻作品に用いられた。とくに戦後の昭和20年代頃には、セメントのなかでも白い色合いが特徴の白色セメントによる作品が、新しい時代を象徴する清新なイメージをもつものとして広く受け入れられた。
 宮坂さんの作品にそれらの動向との直接のつながりを見る必要はないかもしれないが、あとで述べるように彫刻の歴史に対する彼の真摯な向き合い方を思うと、見る側の私たちもその作品を、そうした歴史のなかで考えてみたくなる。いまの時代にあってはめずらしいセメントという素材をあえて彫刻表現に用いることには、その歴史を引き受ける覚悟があるようにも思う。
 それはまた、彫刻の素材の多様さに対する彫刻家のあくなき探究を示すものでもある。「私にとって石膏は柔らかすぎて、白すぎる」と彼は語ってくれた。厳密にいえば、それはモルタルに石膏を少し混ぜたものだという。モルタルだけでは硬化が遅く、固すぎるそうだ。粘土の原型から型をとり、原型のかたちをモルタルに写したのち、さらにヤスリなどで表面を削って作品を作り上げていく。そのとき彫刻家は視覚や触覚を研ぎ澄まして、その素材に向き合っているにちがいない。
 それを鑑賞する私たちにも、彫刻家がその素材によって生み出した特徴は、よく伝わってくる。目を凝らして全体と細部を交互に見てみたり、手でさわってその起伏をたどりながら、モルタル独得の質感がつくり出す人間像のイメージを味わう。人の身体というものが、別の素材に置き換えられ、トルソのようにさまざまな部分が省略されても、なぜこれほどに印象的なのかを思いながら。
 もう一つ、今回の展示で最初に目をひきつけられたのは、その素材の厚みだ。それは、背中の部分で空間が閉じられて“内部空間” がつくられている前述の《singing shell -ii》よりも、人体の前面の部分だけが造形化された《singing shell fragment》《singing shellfragment -iii》《singing figure》の3 体の、外縁の稜線をさわりながら見てみるとよくわかるだろう。このこともきっとモルタルという素材に関わっている。石膏のようにエッジの効いた稜線ではなく、ブロンズの冷たい感じともちがう、もっと丸みを帯びたあたたかい感触だ。成形するうえでの素材上の薄さの限界とも関わっているのかもしれないが、その厚みが一個の物質としての作品の存在感を生み出しているともいえる。
 それらの3体では、ぴったりと人体に密着した衣服のドレープの皺が幾重にもかたち作られ、それが人体の表情を浮かび上がらせる。裏側はそれとは対照的に、表面をなめらかに仕上げる。
 題名に「shell」つまり貝殻や卵の殻を意味する語が入っているように、たしかにそれらを見たときに思い浮かんだのは人体の“殻” であった。ただし目をつぶって、それらの作品を手でさわっていったとき、全くちがう感覚が私自身のなかに起こったのはとても興味深いことだった。というのは、手ざわりだけでいえば、少なくとも私にとってはそれを人体であると認識するのはなかなか難しく、むしろ意識されるのは皺のある面と平滑な面の対比であって、どちらが表でどちらが裏かもわからなくなってしまう。どちらもが作品の表面としてだけとらえられるのである。さらにいえば、さきに述べたモルタルの厚みはそうした感覚に積極的に作用しているようにも思える。
 それは人体を象った具象彫刻の新しい可能性のように感じられた。
 宮坂さんは日彫会と日展の会員として活躍する彫刻家だ。日彫会は主に日展に出品する彫刻家により組織された団体であり、いずれも人体像を主とした写実的な具象彫刻が主流である。それは古代ギリシャ・ローマの彫刻を理想とする西洋のアカデミックな彫刻表現が明治期の日本に移入されて以来、それを出発点に形作られてきた流れである。たとえば《singing sh ell -ii》が古代ギリシャの《サモトラケのニケ》を連想させ、また肌にぴったりとくっついた布の表現も西洋彫刻の歴史にしばしば見られるように、今回の展示作品が西洋古典古代からつづく人体彫刻の表現手法を学んでいることはまちがいない。
 20世紀の、とくに後半以降、彫刻の分野はそれまでの人体を主要なモチーフとした具象的表現から離れて、抽象彫刻や、たとえば「もの派」のような木、石、ガラス、布といった素材をそのまま用いて構成するインスタレーション的な作品などが、最先端の表現として注目されてきた。一方で具象的な人体表現は、ともすると時代遅れのものに見られがちでもあった。
 そうしたなかで宮坂さんは日彫会と日展を舞台として、その自らが拠って立つ場の歴史的な成り立ちと意味を深く考究しつつ、自身の表現を通して新たな彫刻の価値を生み出そ うとしている。彼が彫刻を“さわる” という活動に熱心に取り組んでいるのも、その一つの現われとしてみることができる。彼は日彫会がすでに半世紀以上前の1960年代後半に盲学校と協力して、目の不自由な子どもたちが彫刻にさわって鑑賞する機会をつくっていたことに注目する。そうした歴史的な積み重ねのなかに自らの活動があることを、強く意識しているのだ。
 そうした歴史的な視点は、なにか新しいことをはじめようとするときにはともすると忘れがちになり、あるいは自らの新しさを誇示しようとしてあえて触れないこともしばしばあるように思われる。その点で宮坂さんの姿勢は、とても誠実なものだ。その誠実さが彼の作品そのものにもよく現われているように思うし、そこから彫刻の新しい表現の可能性も開かれるにちがいない。さきに述べた、目をつぶって作品にさわったときに表と裏の区別がなくなった体験も、その一つの糸口のように思えるのである。
宮坂慎司作品

歴史と未来の博物館

水島 久光(松前記念館館長)
 松前記念館(歴史と未来の博物館)では、2023年3月1日からエントランスロビー展「かたちの生命 手の世界制作-3」展を開催いたします。誰もが文化芸術を鑑賞したり、創作したり、発表したりする機会を創出する、神奈川県と東海大学の協働事業「ともいきアートサポート事業(創作×地域展示)」の3年目の取り組みを中心に紹介する企画展です。本事業が開始から3年を迎えることができたのも、ひとえに平塚盲学校や伊勢原養護学校の先生方をはじめ、多くの関係者のみなさまのご協力の賜物です。この場をかりて、厚く御礼申し上げます。
 東海大学の建学40周年記念事業の一環として1983年に開館した当館は、学園の創立者・松前重義博士の思想と業績を後世に伝えるとともに、建学の理念を継承し、広く社会に貢献することを目的に多様な活動を展開してきました。近年では、学園史資料センターなど学内関連部署との連携を深め大学コレクションの活用を図るなど、大学博物館としての役割や機能を強化しています。また、年齢や性別、障害の有無にかかわらず誰もが楽しめる「ユニバーサル・ミュージアム」の実践にも力を入れています。2022年に本学が建学80 周年を迎えたのを機に、当館では、昨年11月1日の建学記念日から段階的なリニューアルを開始しています。今回のリニューアルは、建学の理念のもと「文明」「文理融合」の眼差しとともに育んできた「知」の集積を次世代へと継承し、地域や国際社会とともに未来を創造していく、新たなミュージアムとなることを目指すもので、昨年11月1日からは、リニューアル第1回企画展「古代アンデスの音とカタチ– 先端科学で解き明かす東海大学コレクション–」も開催しています。文学部文明学科の吉田晃章准教授の監修で、文明研究所が収蔵する「アンデス先史文明に関する遺物」(東海大学アンデス・コレクション)から、笛吹きボトルをはじめとした音に関する研究の成果を紹介するもので、「ともいきアートサポート事業」の成果の一部は、こちらの展示でも紹介しています。2023年4月からは、2F展示室での学園史を中心とした常設展もはじまり、地域の小中学校における総合学習の授業での活用も期待さています。
 建学から学園史につながる導線で『東海大について学べる場』としての立ち位置を明確にし、その延長線上に最先端研究を紹介することで、この博物館が地域の財産であると認知してもらいたいと考えています。特に企画展示では学園の研究資料の活用はもとより、教員の活動・成果発表の場にしていきたいと考えています。今後も、キャンパス内にある博物館相当施設としての役割をさらに拡充していきます。

かたちの生命

篠原 聰(松前記念館/東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター)
 東海大学ティーチングクオリフィケーションセンターでは2020年度から神奈川県と協働事業「ともいきアートサポート事業」に取り組んでいます。障害の程度や状態に関わらず、誰もが文化芸術を鑑賞し、創作し、発表する機会を創出することを目的としています。本展は「ともいきアートサポート事業」の「創作×地域展示」の成果の一端を紹介する展覧会です。「手の世界制作」と題する本展も、今年で3回目を迎えました。
 2022年度も平塚盲学校、伊勢原養護学校伊志田分教室との連携による取り組み事例を紹介します。平塚盲学校ではコロナ禍で延期となっていた桑田知明さんのポップアップと宮坂慎司さんのアートメダルに関するワークショップを実施しました。また、平塚市美術館の協力を得て、平塚盲学校の子どもたちは、同館所蔵の彫刻のメンテナンスにもチャレンジしました。伊勢原養護学校伊志田分教室では吉田晃章さんを中心に、いつものメンバーである亀井岳さん、真世土マウさん、鶴見英成さんをお招きし、大学所蔵の古代アンデスコレクションを活用した「笛吹きボトル」を制作しました。
 今回の展覧会では、児童や生徒が制作したユニークな「アートメダル」や「笛吹ボトル」に加え、講師を務めた筑波大学の宮坂慎司氏の彫刻作品、そして「笛吹きボトル」の新展開として昨年秋に実施した筑波大学附属視覚特別支援学校との連携事例も紹介します。
 いずれの取り組みも子どもたちの“手” が“かたち” を探り出していく姿が印象的でした。人間の手がなにもないところから“かたち” を生み出していく、そして、その“かたち”に生命が宿る-−美術の原初的な姿や根源的なあり方を再確認する機会となりました。

 本学の創立者・松前重義は、教育のあり方について次のように述べています。
何でもかんでも面一的に育てる現在の制度ではなく、特技でも趣味でも十分に伸ばしてやれるような制度をそろそろ考えなければいけない。粘土を粘って人形をつくるのと教育はちがう。できた人形が手アカがつき、形にはまったものばかりでは困る。個性を伸ばし、色とりどりでなければならない。何よりも、教育には「美」と「生命」を大切にする心構えが必要である。
松前重義「80年代の教育の課題」(『望星』11-1 1980.1)

 教育には「美」と「生命」を大切にする心構えが必要である、という創立者の言葉を胸の内に秘めて、これからも「ともいきアートサポート事業」をはじめ、大学での教育・研究・地域連携に取り組みたいと思います。普通の生活のなかで「美」と「生命」を大切にする人生の積み重ねこそが重要なのだと思います。
かたちの生命

かたちの生命

かたちの生命 手の世界制作-3 オンライン展示
主催:松前記念館(東海大学 歴史と未来の博物館)神奈川県
協力:東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター/東海大学文明研究所/神奈川県立平塚盲学校/神奈川県立伊勢原養護学校伊志田分教室/筑波大学附属視覚特別支援学校
後援:平塚市/平塚市教育委員会/伊勢原市/伊勢原市教育委員会